だいたい日刊 覇権村

実益のない事しか書かない

電車内存在としての人間

電車内はこの世界で

最も大きな葛藤を引き起こす場所だ。

満員電車で貨物のように輸送されると、

人間とは何か?

生きるって一体・・・

といった哲学的な問いが突きつけられるし、

電車の遅延は、人々に

時間の有限性を意識させる。

 

他にも様々なものがあるだろう。

だが、最も大きな問題の1つは、

席に座っている時にご老人が現れた際、

席を譲るべきかどうかという問題だ。

ちなみに私は逆にご老人に

席を譲られたことがある。

貧弱なヒューマンだ。

だが、普通は若者が席を譲るべきだろう。

私も普段はそうしている。

しかし、こんなことも以前あった。

私が席を譲ろうとしたら、

「年寄り扱いしおって!」

と怒られたことがある。

その時は何だか申し訳ない気持ちになった。

 

だが、それにも懲りずに

また老人に席を譲ろうとした時のこと。

私が席から立ち上がろうとすると、

肩をガッとつかまれ、

そのまますごいパワーで席に座らされた。

確かにこれなら譲られる心配はいらない。

このご老人は私より強い。

そんなわけで、譲ろうとして

失敗したことは多々ある。

 

では、譲らずに座っているのはどうか?

すると今度はたちまち他の乗客から怒りを買い、

写真を撮られてツイッターに晒され、

人生を棒に振ることになるだろう。

席を譲れば怒られ、

譲らなければ制裁が待っている。

前門の老人、後門の乗客である。

 

では、最初から席に

座らなければいいのではないか?

そんな問いが発せられるかもしれない。

だが、それも困難だ。

うかつに立ったままでいようものなら、

痴漢に遭ったり、

あるいは痴漢冤罪に遭ったりして、

かけがえのない人生が

台無しになることだろう。

この席取りゲームは

人の運命を左右する。

立っても地獄、座っても地獄。

それが電車というものだ。

 

だが、どんな状況であっても、

必ず解決策はある。

ここで大きなヒントを1つ教えよう。

座席以外にも目を向けてみて欲しい。

網棚や吊革、運転席、

そういったものが見えてくるはずだ。

もうわかっただろうか?

各自、自らの理性を駆使して、

この困難な状況を生き延びて欲しい。