だいたい日刊 覇権村

実益のないことしか書かない

キンモクセイの思い出

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みなさんこんばんは。

キンモクセイの季節になりましたね。

日中はまだ暖かいので、

「まだだ!まだ夏は終わっていない!」

と半袖で出かけるのですが、

夕方ぐらいには

「やっぱりだめかも・・・」

と現実を受け止めざるをえない

季節になりました。

皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

 

さて、キンモクセイを見ると、

私はいつも幼稚園時代を思い出す。

今日はその話をしようと思う。

 

私の通っていた幼稚園には、

それはそれは大きいキンモクセイの木があった。

そしてその領有を巡って

よく領土紛争が生じたり、

多国間協議が開始されたりしたものだ。

 

だが、私とキンモクセイとの関わり方は、

それとは若干アプローチが異なっている。

私はなぜか咲いている

キンモクセイにあまり惹かれず、

散り落ちたキンモクセイばかり

集めていた記憶があるのだ。

理由は定かではないが、

きっとキンモクセイを救済したいとか、

そういう高尚な理由だったんだと思う。

間違っても、すりつぶして

キンモクセイエキスを取り出し、

そのパワーでさいきょうになりたいとか、

殺戮した虫たちの葬式用にしようとか、

そんな事実は一切なかった。

 

だが、そんな私とは全く対極の

関わり方をした者がいる。

そう、ひでたかくんである。

ひでたかくんがいかに邪悪な存在なのかは

こちらを参照してほしい。

www.buddha01.ooo

私が平和主義に目覚め、

キンモクセイに対する

人道的支援を続ける一方で、

ひでたかくんはどうか?

咲いているキンモクセイ

その邪悪なパワーでもって

どんどん散らしていったのだ。

 

これはつまり

ひでたかくんは破壊を、

そして私は再生を

意味しているということだ。

善と悪、光と闇、破壊と再生の戦いは

長きに渡った。

そしてその戦乱の中で、

多くのキンモクセイ尊い人命が

失われていった。

 

だが、結局のところ、

再生より破壊の方が容易なのだ。

やがては私が救済するより多くの

キンモクセイの屍が

積み上げられていったのだった。

 

こうした非情な現実を前に

人類はただ打ちひしがれるしか

ないのだろうか?

嘆くことしかできないのだろうか?

いや、そうではない。

我々にも希望が残されていた。

そう、神への祈りである。

人々の争いを鎮めるのは

いつだって人々の切なる思いなのだ。

ひでたかくんの暴虐に対して

心がくじけそうになった時、

私はいつも次のような祈りで

自らを奮い立たせたのだ。

「先生、ひでたかくんが

ぼくの人生をめちゃくちゃにします!」

 

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