だいたい日刊 覇権村

実益のないことしか書かない

友との別れ

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先日、私は大きな別れを経験した。

古くからの友人であった

愛用のカップが自殺したのだ。

投身自殺だった。

即死だった。

私はこっぱみじんになった遺体をかき集め、

先ほど告別式を済ませて来た。

しかし、いまだに現実を

受け入れられない。

そこで今日は自分の気持ちを

落ち着かせるために、

彼が命を絶ってしまった理由を考えたい。

そして物ですら自殺する

現代ストレス社会に警鐘を鳴らしたい。

 

まず、考えられるのは、

彼が人間関係の悩みを

抱えていたという可能性だ。

だが、これは無いと思う。

私とカップとの関係は非常に良好であった。

夏の暑い日には水責めにしたり、

冬の寒い日には熱湯責めにしたりして、

毎日楽しく遊んだものだ。

向こうもきっと楽しんでくれたと思う。

 

また我が家の労働環境は

ホワイトそのものだった。

残業はもちろん無いし、

始業時刻は7時で、終業は深夜3時。

毎日たっぷり4時間は休める計算だ。

その上、福利厚生も水責めに熱湯責めと完璧。

これ以上、一体何を望むと言うのだろう?

これ以上の待遇を要求するなど

無機物の分際でおこがましいにも程がある。

 

こう考えていくと、

原因は彼の外側には

まったく見当たらない。

問題は多分、彼の内側にあったのだと思う。

彼は自分というものを持っていなかった。

いつも人のなすがままであり、

終始、受身の態度であった。

こんな調子では生きているという

実感が持てないのも無理はない。

そして皮肉なことに、

初めて抱いた意志が自殺願望だったのだ。

こんなに悲しいことがあるだろうか。

 

私は彼のこうした境遇を嘆かざるを得ない。

そしてとてもじゃないが

一朝一夕には立ち直ることはできないだろう。

大切なカップを失った悲しみは

いつまでも重くのしかかるものだ。

 

ところで、今日私は新しいカップを注文した。

このカップがまた良いんですよ、これが。

個性があって素晴らしいし、

かわいいので愛着がわく。

このカップを使えると思うと

ウキウキワクワクが止まらない。

このカップの素晴らしさについては

また後日記事にしようと思う。

これから始まるニューカップ

ハッピーライフを楽しみにしていて欲しい。

それでは。